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【第五章】 フィットネスの指導者育成
  摩=摩季先生 イ=インタビュアー
  摩季れい子インタビュー
摩: ところが、そう決意したとき、父が頸椎損傷になってしまって。
父は囲碁のプロ棋士でした。 休みの日に山へキノコを
採りに行って、 転んでしまったことが原因で手指がしびれて、
碁石も持てなくなってしまって。
日常生活も大変な状態になってきたので、手術を受けました。

ちょうど私も子どもをもうけたときで。
それまで、子育てを手伝ってもらっていた
母と義姉は父の看病をすることになって、
私が病院で働きつづけることが難しくなってしまったんです。

それで、二人目の子どもの妊娠をきっかけに、
後輩を育てていたので頭を下げて退職し、独立したんです。
摩季れい子インタビュー
イ: 独立して、どんなことをされたんですか?
摩: 子育てしながら自分のペースでできるフィットネスの指導者の育成学校を
つくりたいと考え始めたんです。

初めの頃は地域の人への健康づくりを目的に、 カルチャー教室と契約して、
安全性の高いエアロビクスや無理なくできるメディカルヨーガを考案して
教室を開きました。


メンバーを集めていき、本格的に私が動けるようになったときには
自分のスタジオを開いて、レッスンだけではなく、インストラクターの養成や
普及のためのセミナー活動もやっていました。
イ: エアロビクスコンテストも主催されていたとか?
摩季れい子インタビュー
摩: 当時はエアロビクスの全盛期で、 競技志向の強いコンテストは
いくつかあったんです。でも、子供から中高年の方まで、
誰でも参加して楽しめるお祭り的なコンテストをしたいと
思いまして、「クイーンCUP」というコンテストを関連企業に
協賛していただいて、 神戸のワールド記念ホールなどを
2日間借り切ってやりました。

毎回、全国から千人以上の方が参加されて大盛況でした。
阪神大震災の年は中止しましたが、7回も続きましたね。
 
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