ゴルフツアープロコーチ・野球トレーナー摩季れい子オフィシャルブログ

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松本幸大投手(デュプロ)
松本幸大投手(デュプロ)
松本幸大君(26歳・左投左打)が最初にベースボールジムを知ったのは彼が中学3年生の時でした。

彼が進学を決めていた育英高校ですでに活躍していたお兄さんの
影響でした。ベースボールジムで摩季先生にフォーム指導や身体の
調整を受けていたお兄さんから常々「ベースボールジムにすごい先生が
いる!」と耳にしていた彼は、ご両親の「お前も一度行ってこい!」との
後押しもあり、お兄さんと共にジムへ見学に。

本格的に通い始め摩季先生の指導を受けるようになったのは、
育英高校に入学してからでした。摩季先生と出会い指導を受けながら、
彼の中で大きく変化したことがあるそうです。それは、トレーニングに
対しての取り組み方です。身長に比べ非常に身体が細かった彼は、
ウェイトトレーニングによって身体を大きくしたい!強くしたい!
と考えていました。
しかし、もっと大切な"野球に必要な身体づくり"を摩季先生考案の野球
PNFトレーニングによって体験し、「これだ!」と意識改革が起こりました。
今でも「あのPNFはホントに自分には合っていましたね」との感想を
漏らしています。そんな彼はいつの間にか、育英高校での練習を終え、
ベースボールジムで摩季先生に身体の調整とフォーム指導を
受けることが自分の日課になっていました。
そして、高校2年生、3年生になってくると自分の身体を自身で理解できる
ようになって来ました。身体の使い方で投げる球の違いがわかって
きたのです。
「速い球を投げるためには身体の使い方はこうだ!」というのが
感覚として養われ、高校入学当時125km/hだった彼の球速はいつの
間にか138km/hまで伸びていました。しかし、彼は高校生活で
甲子園出場を果たすことは出来ませんでした。
ただ、彼はその頃のことをこのように語りました。「最後の大会は予選で
負けましたけど、正直言って僕はそれほど甲子園に強い憧れを
持っていたわけではないんです。同世代の甲子園大会も全然
見てないですし。あくまで目標はその頃からずっと"プロ"だったんで。
今思えば高校3年間はとにかく練習したな!がむしゃらに練習したな!
ってのが感想ですね」。

その後、彼は「デュプロ」に就職し、社会人野球チームで野球をする
こととなった。チームでは野球と仕事との両立を求められ、想像以上の
厳しさだった。そして、何よりも驚かされたのが社会人野球のレベルの
高さだった。「もしかしたら2,3年でクビかもしれない・・」とまで
落ち込んだ。これが彼のぶつかった大きな壁であろう。実際、チームに
所属してからの3年間はほとんど試合に出場できていない。
「あの頃が一番辛かったし、一番ダメ、全くダメでしたね」と思わず
漏らす。「このままではいけない。今の自分に何が出来るのか」
そう考えた末に出た答えが「もう一度原点に帰る」だった。
高校生の時のように多くの時間を使えるわけではないが、出来る限り
ジムに通い、摩季先生にもう一度身体をつくりなおしてもらい、新しい
試みとして投球フォームをこれまでのオーバースローからスリーク
ウォーターに変化させた。一からのフォームづくりだった。
全身の神経を集中させ摩季先生が指導するフォームを自分のものに
するために努力した。彼は言う。
「その頃から少しずつ芽が出てきた」。
その言葉通り、試合出場の機会も増え、結果を伴うようになり、
チームに無くてはならない存在になっていた。同じ「デュプロ」所属で
ジムに通っていた選手からこんな言葉を聞いたことがある。
「ぼくら野手がもっと援護してあげれば幸大をもっと楽に投げさせてあげ
られるのに」。他の選手も彼をエースとして認めていた。

ドラフト当日、彼は自らの指名をインターネットを通して知った。
"ロッテ8巡目 松本幸大"その目でしっかりと確認し、すぐに携帯電話の
ボタンを押した。つながった先は摩季先生。
「誰よりも先に伝えたかった。自分の喜びを伝えたかった。先生の
喜んでくれた声は一生忘れません」。にこやかな表情で語る彼の姿が
印象的でした。実はその次に電話したのが、育英高校の先輩で、
デュプロの先輩でもある藤本選手だったという。公私共に仲良くしている
先輩に電話したところ、藤本選手はその日がドラフト当日であることも、
ましてや彼が指名されたことも全く知らず驚かれたようである。

現在千葉での合同自主トレに向けて毎日ジムで汗を流す松本君。
8年間チームトレーナーのいない中でプレーし続けた。自分ではいいと
感じながら投げていても微妙なズレが積み重なっていた。年齢も
若くない。求められることは結果。目指すは開幕1軍ベンチ入り。
しかし彼に焦りも気負いも見られない。摩季先生のもと入念なメディカル
チェック、投球フォームチェック、そしてトレーニング。身体のバランスや
使い方など、今自分に足りなかったものがどんどん見えてきて、それが
着実に自分のものになってきている。「千葉に行っても今のいい
バランスを維持して力を出せるように頑張りたいし、存分に発揮できるか
どうか今は楽しみ!」と自信に満ち溢れたコメント。摩季先生のもとで
やってきたことへの自信の表れであろう。今後の松本幸大選手に大いに期待したい。

最後に松本君から摩季先生へのメッセージ
「ベースボールジムの一番の古株がようやく花を咲かせることができました。その花が一日でも大きく長く咲いていられるように頑張りますので、これからもよろしくお願いします。」
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