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田中博人先生と木場一博投手

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先週一週間は、私がパーソナルトレーナーとして関わっている
プロ野球選手たちがキャンプから帰って来て調整をしたり、
学院の野球選手科のスプリングキャンプがスタートし、
選手たちの機能チェックやコンディショニング、
実践トレーニング指導などで、あっと言う間に過ぎてしまった。
今日は六甲アイランドにある甲南大学のグランドで、
13時から16時過ぎまで合同練習をさせていただいた。
甲南大学硬式野球部の元監督をされていた
田中博人先生のお力添えのお陰だ。

田中先生は1936年4月、神戸に生まれ、兵庫高校(旧神戸二中)、甲南大学経済学部
を卒業後、石油会社に入社。管理職を経て関連会社の経営者として定年まで勤められる。
高校、大学、社会人を通じて野球部に所属され、高校、大学時代は主将、
社会人になってからは、母校の高校、大学の監督となる。
全日本大学野球連盟理事、阪神大学野球連盟代表理事を歴任され、
大学野球の発展に貢献してこられた。
2000年7月からは、2度目の甲南大学の監督を3年間務められた。
私が田中先生に初めてお会いしたのは、2度目の監督をされているときだ。

田中先生が故障された野球選手を連れて西宮校に来られたのである。
ニコニコされた、やさしい紳士な方という印象は今でも変わらない。
田中先生は、故障した選手だけではなく、
将来、野球に関わる仕事に就きたいと思っている選手には、
当学院の野球トレーナー科を紹介してくださり、
その学生達も、今はトレーナーとして活躍している。
今期も西村真治君が野球トレーナーを目指して学んでいる。
今回新設した野球選手科のクラブチームにも大きな期待を寄せられ、
いろいろとアドバイスやサポートをしていただいている。
私の野球に対する科学的な考え方に共感され、ご協力をいただき、心から感謝している。

合同練習で、久しぶりに田中先生にお会いし、お元気そうなので安心した。
田中先生は監督退任後、兵庫県大学野球連盟の代表を務めながら、
NPO法人「兵庫経営塾」を設立され、エネルギッシュに活躍されている。
今年の4月に70歳になられるとはとても思えないほど、活き活きされている。

私は練習前に、故障のある選手には調整とテーピングを行い、
グランドでは、一人一人に捕球や送球のタイミングのとり方を、足の運びを実践して指導。
バッティングでは、一人一人のフォームをチェックし、
今までの欠点を見直し、シャープなスイングづくりのために、
これからゆっくり時間をかけてフォーム矯正を行っていく。
上手くなりたい気持ちを持った選手たちと、
社会人・プロ野球選手になることを目標に、ともに挑戦が始まった。

その指導中に、甲南大学の硬式野球部で、今春4回生になる
エースピッチャーの木場一博選手も挨拶にきた。
彼は西宮市立山口中学の出身で、その当時、私が指導に行ったことを覚えてくれていて、
「摩季先生にバッティングを教えてもらいました」と話してくれた。
彼の目の輝きに記憶が甦り、山口中学に教えに行ったことを懐かしく思い出した。
木場君は、たくましく成長していて、最初は分からなかったが、
野球を続けていて、再会できたことが本当に嬉しかった。

投稿者 kanrisya|2006年03月05日 11:35 |トラックバック (0)| 日記投稿数 406|

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